吉兆さんと番内さん

歴史同人誌情報誌・Frontier 様の御依頼で描かせて頂いた、「Frontier YEARS ’03」の表紙用イラスト。この情報誌は、年末に東京で開催されたコミケ(同人誌即売イベント)で配布されました。
原画が手元になく、大きくリサイズ出来ないので、部分的に拡大した画像を貼っておきます。

左後ろの人物。

背景の龍の模様はトーンですが、着物の柄は全部手描き。でもあちこち失敗して上から陰影のトーンを重ね貼りして誤魔化しました。

右手前の人物

この着物の柄も手描き。参考にした写真は立ち姿だったので、座っているくしゃくしゃの袴に合わせて模様を描くのがかなり難しかったです。果たしてこれで上 手くいってるのかよく判りません。原稿を送付した後に気付いたのですが、ちょっと竹が短すぎました。先端を割るのも忘れていました。あう・・・また後で間 違い発見。凹みますね・・・(*_*)

吉兆(きっちょう)さん」とは、島根県の出雲大社の周辺地域で1月3日に行われる行事で、200年以上の歴史があるそうです。13ある地区毎に「吉兆と呼ばれる幡(ばん)を立て、囃子方(はやしかた)と共に大社や町内を巡り、神謡を謡って新年の祈りを捧げます。
吉兆幡は、高さ4〜6m、幅1m程の
錦の幟旗で、表側には「歳徳神(としとくじん)」と言う文字と地区名、鶴亀や龍など、裏側には松竹梅などが刺繍されています。イラストの左端にあるのがそれ。これを飾り台に立て、幡の先端には日・月などを描いた扇を、更にその上に鉾を載せるので、全体では10m位になるのだそうです。「歳徳神」とは、新年に祀る神の事で、この幡はその依代(よりしろ)と言われています。

番内(ばんない)さん」は、この幡の先導役。扮するのは厄年の男性で、赤や白の鬼の面とシャグマというカツラを着け、豪華な神楽衣装を着ています。イラストの2人がそれです。氏神様を出発点に、出雲大社や地元を巡幸する道中、「番内さん」は、孟宗竹の先を裂いたササラ竹を引き摺りながら悪魔払いをし、更には家々の玄関先で「あくまんばらーい」と叫びながら竹で地面を力一杯叩き、自分とその家の厄を払い去るのだそうです。

これをイラストの題材に選んだ時には気付かなかったのですが、「番内さん」は「猿田彦命(さるたひこのみこと)」だとも言われているそうで、来年は申年なので、今年の年末発行の冊子の表紙にぴったり。
恥ずかしながら其処まで考えて選んだ訳ではなかったので、ちょっと吃驚しました。
実は最初に「猿田彦命」と同一視される事のある「鼻高天狗」を描こうかと思ったのですが、民俗もので天狗では目新しさが何もないなあ、と却下したのでした。なので余計に干支がらみの題材だと後で判って驚いたと言うか、嬉しかったのです。


この「吉兆さん」を題材に選んだのは、本当に偶然でした。11 月半ばにイラストの御依頼を頂いた時、「濃厚に歴史と言うよりは、民俗学的視野で御願いします」との事でしたので、「鴉天狗」とか「鯨捕り」とか「獅子踊 り」とか「アイヌ民俗」とか、咄嗟にあれこれ考えて何枚かラフを描いてみたのですが、今一つイメージが固まりませんでした。
その頃、古墳時代の甲冑の文献を調べていて、頭の中が古墳時代モードになっていたので、「古墳時代の大王」なら上手く纏まりそうだったのですが、出来るだ け「民俗もの」という御希望に添えるよう、面白い題材がないか、もう少し民俗資料を当たってみる事にしました。
しかし〆切まで半月程しかなく、じっくり探す時間があるかどうか、手元に良い資料が無かったらどうしようか、と心配になった矢先、本屋で見つけたのが発売されたばかりの『別冊太陽 出雲 神々のふるさと』(平凡社 ¥2400)。

漫画に使う為にずっと資料を集めている、古い「たたら製鉄」の記事が載っていたので、即購入を決めたのですが、ページをめくっていて最後の方に見つけたのが「吉兆さん」の記事でした。
鬼面が格好いいし衣装は豪華で見栄えはするし、歳神を祀る正月行事だから、「年末発行の冊子の表紙に丁度良いじゃないの!これだわ!」という訳で、本屋で立ち読み中にこれに決定。
まるで天から降って来たかのように、こんなにすぐに良い資料が見つかって、「ああ、この仕事は出雲の神様が応援してくれてるんだわ・・・」と嬉しくなり、 気合いを入れて取りかかったは良いものの、気合いを入れ過ぎて描き込み過ぎ、衣装の模様描きやトーン貼りに予想以上に時間がかかって、仕上がったのは〆切 ぎりぎりでした。でも間に合ったんだから、やっぱり神様に後押しされてたんだろうなあ。有り難い事なり。


数年前に夫の仕事の手伝いで出雲へ行った事があるのですが、時間が無くて出雲大社へ行けなかったのが物凄く残念でした。製鉄関係の資料館も色々回りたいし、いつか必ずまた出雲へ行こうと思っているので、その時には真っ先に出雲大社へお参りして御礼申し上げないと。

出雲大社のある島根県大社町には、吉兆さんにまつわる展示が見られる「吉兆館」があります(島根県簸川郡大社町大字修理免735−5 tel 0853−53−5858)。ここも見に行きたいなあ。


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