孔明・周瑜
「仲良し」

孔明・周瑜

旦那がはまって毎晩やっているプレステの「三国志戦記2」で、周瑜軍が孔明軍を壊滅させ、孔明が戦死すると言う事態が発生しました。

孔明の指示を受けた玄徳軍の武将たちが、撤退すると見せかけて孫策軍をおびき寄せているうちに、孔明率いる別働隊が孫策の本拠地を密かに陥落させ、前後から孫策軍を挟撃しようと画策していたのですが、それを見破った周瑜が、これまた別働隊を率いて孔明軍を待ち伏せし、包囲して一気に集中砲火を浴びせてあっという間に壊滅させてしまいました。
攻撃の前に降伏を勧める
周瑜の言葉を聞き入れず、降りしきる雪の中、孔明周瑜軍の猛攻の前に為す術も無く命を散らします。末期の苦しい息の中、「漢朝復興の為に尽力するとの約束を果たせぬまま、先立つ事をお許し下さい・・・殿・・・」と玄徳に詫びながら息絶える孔明
「遂に
諸葛亮の知謀に勝ったな」と孫策に賞賛されても「好敵手を失うのは淋しいものだな・・・出来れば奴とは轡を並べたかった・・・。暫く1人にしてくれないか・・・。」と落ち込む周瑜

たかがゲームなのに、何だか物凄く切なくなってしまい、仲良く並んで談笑している2人を描きたくなってしまいました。周瑜の台詞どおりに轡を並べた処を描きたかったんですが、馬を描いているゆとりが無くて人物だけになってしまいました。馬上の2人だと想像しながら御覧頂ければ幸いです(^^;)

『三国志演義』の影響で、孔明にやりこめられてばかりいるイメージが強く、赤壁の戦いでも美味しい処は全部孔明に持ってかれたりして、物凄く気の毒な周瑜ですが、彼がもっと長生きして、孫権の軍師として活躍していたら、その後の三国志の歴史は大きく変わっていたと思います。
良きライバルとして、もっと
孔明と知略を戦わせ、時には国の行く末について遠大な夢を語り合って欲しかった。孔明が晩年、魏への北伐を繰り返した時、周瑜が生きていたら援軍を差し向けただろうか?それともその隙を狙って蜀への進軍を開始しただろうか?五丈原で病に倒れた孔明の訃報を聞いたら周瑜はどうしただろうか?

・・・歴史に「もしも」を言い出したらキリがないし、言っても仕方の無い事だけれど、せめて落描きの中でだけでも、仲の良い2人を描いてみたくなったのでした。

・・・これまでは疲れていると、どうしても暗くてきついものを描いてしまいがちだったのですが、今は逆に晴れやかで気持ちのいい絵を描きたいなあ、と言う心境になっています。今のしんどい状況に負けたくないからなのかも。
ペン入れしたり彩色したりと言った、手の込んだイラストや漫画を描くだけのゆとりは流石にちょっとまだ無いので、暫くは落描きで、それも随分間をおいての 更新になってしまうと思いますが、何とか描く事を放り出さずに行きたいと思っています。このところずっとへたれっぱなしのサイトですが(^^;)、また時 々覗いて頂ければ幸甚です。どうぞ宜しくお願い申し上げます<(_ _)>


追記。その後、これを元にカラーイラストを描きました→こちら

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