(かせ)

 

飛べない鉛の翼を背負い

断崖の端で

底の見えない峡谷を見下ろしている

断崖に背を向ければ

翼の重みで

吸い込まれるように落ちてしまうだろうから

峡谷から吹き上がってくる風を

身体の正面で受けながら

少し前傾したまま身じろぎもせず

沈み始めた夕陽に染まる

対岸の絶壁を凝視し続けている

足元が少しづつ絶え間なく崩れて

たそがれの速度で深くなる峡谷の闇に落ちていく

 

――― この翼さえ無ければ

跳び越えられるかも知れないのに

 

白銀に輝く積乱雲のように雄々しく盛り上がる

力強い想いの翼は

肩に背に降り注ぐ砕けた星の鏃(やじり)を受けて

我が身を護っているうちに

欠片(かけら)を取り込んで

いつしか硬く重く動かぬ枷(かせ)と化し

それでも翼を失うのが怖くて

きっとまだ飛べる筈だと

遥か地平の彼方から

地面に翼の引きずり痕を付けながら

ようやく辿り着いた果てに待っていたのは

越えられぬ険谷

 

もぎ取ろうにも翼は既に脊椎に根を張って

引き千切ればこの身は真ん中から二つに裂けて

魂も無事ではいられまい

この鉛の翼を動かすだけの筋力と

強固な意思を身に付ける前に

太陽が時の彼方に沈んでしまいそうで

力を入れたまま硬直し始めた右足を

滲み出した血と体液で粘り着く地面から引き剥がす為に

ボロボロの太刀を握ったまま

地を蹴って跳ぶべきか

終わらない時の中で私は未だに決めかねている


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