海月(くらげ)

 

崖の上に

海鳥の群れとぶ空間がある

そこだけが

雨模様の雲を肉薄に削(そ)いで

湿った微熱を孕(はら)んでいる

私は海中から目だけを出して

崖の向こうの空を視ている

 

海鳴りが耳の奥で反響(こだま)する

ぱらぱらと翡翠のような雨粒が海面をたたき

雨は無数の泡に砕けて

古疵(ふるきず)のような海溝に降りつもる

幾億年も幾万年も

そうして空は海に

何を償(つぐな)ってきたのだろう

海から拾い上げた生きもの僅(わずか)さを

それとも

朝な夕な

海原を血に染める壮大な狂気をか

 

雨足が強くなり

海面が総毛立った

うねる波頭に押し上げられて

突然

私は空をとんだ

原始の姿のまま

海鳥の群よりひときわ高く

 

空に突っ込んで止まった瞬間

私は

白い月になっていた

 

太古から凍ったままの月が

私を呑み込んで

永い時の曳航(えいこう)に身を任せ

荒れる海と狂う空との境に摩滅してゆく

 

 

崖の上には

海鳥の群れとぶ空間が・・・・・・


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