深海魚

 

目玉のない魚が

私の中で蠢(うごめ)いている

血液の流れに乗って

体中をはいまわる

 

三半規管が喰われた

私は炸裂する車道で立ち往生し

目をむいて乱れ飛ぶ車のボンネットを蹴って

ビルの屋上へ飛んだ

目まいがした

(きら)めくネオンにゆれ惑う

私の影が地表をよぎる

 

脊髄をつたって

魚が骨盤まで下りてきた

私はフェンスに坐って

月のでるのを待った

空気は淀んで

星は見えなかった

夜間飛行の旅客機が

十字を切って頭上をわたる

私は魚のかわりにそれを眺めている

 

魚はよく喋る

ぶつぶつと泡を吐きながら

私は黙って

胸のあたりをなでている

 

車の渦が途絶えたので

仕方なく

私はビルを離れることにした

闇の気配が藻のように足に絡む

あたりは深海のように静かだ

 

――――――――――――

 

魚が脳に卵を産みつけた

何億何千

卵の数だけ脳細胞は消えてゆく

私はもうじき

魚になる


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