亜霊
「嬉しいか

亜霊

これも随分前、夏の時期に友人に送った落描き。
前回の「
善彦」の落描きに書いたように、この「亜霊」は「善彦」を原形にして生まれたキャラなんですが、顔立ちや性格その他の設定が微妙に違います。同じ夏の絵でも、「善彦」と「亜霊」とでは何となく雰囲気が違うのがお解り頂けますでしょうか?

・・・さて今日、8月8日は私の誕生日であります。
実は8月8日は柳田国男の命日なのです。『遠野物語』で民俗学にはまって随分経ってから、自分の生年月日が彼の命日とピッタリ重なると知った時は、物凄くビックリしました。
「これって運命かも!?」と嬉しくなり、知人に話したところ、「死んでから生まれ変わるまでには日にちがかかるからねえ」と言われてしまいました。いや別にダライ・ラマじゃないんだから、柳田国男の生まれ変わりじゃなくてもいいんだけど私は。

・・・ それはともかく流石にこの年になると、誕生日が来ても余り嬉しくなくて、特に父を亡くしてからのこの7年間は、ずっと心身共に調子が悪かった所為もあっ て、誕生日を迎えるたびに、ああ、また1年何とか生きて来られたな、という思いがします。今日からまた1年、無事に生きて行けるだろうか。

1 年間生きて来られた御褒美にもし貰えるなら、豪華な薔薇の花束もいいけれど、向日葵の方が嬉しいなあ。それも最近の花屋にあるような、こぢんまりしたもの じゃなくて、子供の頃の小学校の校庭に咲いていた、人の背丈を遙かに越えて、天に向かって何処までも伸びて行きそうな、人の顔ほどもある大輪の花がいい。
温室とかでこまごまと世話を焼かれ、大切にされて育った小綺麗な花よりも、お陽様の下で夏を全身に受け止めて、猛然と伸び育って行く、豪放で武骨な感じす らする向日葵を、両腕に抱えきれないほど貰ったら、思いっきり抱きしめて、花や葉や茎の全てから溢れ出る生命力を全身に浴びて、力を分けて貰いたいなあ。
・・・しかしそんなでかいのを花束にしたら、電柱くらいの巨大な束になるのではないか?

抱 きかかえたら余りの重さと大きさで、後ろへ倒れそうなほどの向日葵の花束を、ラッピングどころか紐で縛る事もせずに、「ほらよ、その辺に生えてたから取っ て来たぞ」みたいにドサッとぶっきらぼうに渡されたら、嬉し過ぎて頭ん中真っ白、いや鮮やかな黄色い向日葵色になって、のぼせて何にも言えなくなってしま うかも知れません(暑さで熱中症になってるわけではないですぞ)。
・・・しかしこういう状況にクラクラするか否かは、くれる相手にもよる気がするなあ(結局、重要なのはそこかい・・・)。

他 に貰ったら嬉しいのは、「立ち姿も凛々しい白木蓮を、幹ごとごっそり」とか、「延々と続く田圃の畦道に群生する、人恋しさに魂が燃えているかのような、切 なく激しい朱色の彼岸花を、私の身体が埋もれるほど一杯」とか・・・どうしてそういう無理な注文をするか私は?子供じみた我儘を言って困らせてみたい相手 が欲しいだけなのかも・・・。


・・・・・・追記。

上で思いっきり大袈裟な事を書いた後、結局買って来てしまいました。子供の掌くらいの、こぢんまりした向日葵を10本、自分で(苦笑)
で、花瓶を出して来るまでの間、ひとまずバケツに水を張って入れて置いたら、重みでバケツごと派手にひっくり返ってくれて、見事に辺り一面水浸しという、 悲惨な事態を招いてくれました。・・・そりゃ確かに、「余りの重さと大きさで、後ろへ倒れそうなほどの向日葵の花束」が欲しいと書いたけどさ。

・・・ふっ、人生なんて、こんなもんさ・・・

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